【File No.6】揺れる心

揺れる心

 

工房の中ではハードロックやロックンロール、

カントリーなどノリノリの音楽が次から次へと流れてきて、

音楽好きなニーナはその空間がとても居心地良く感じた。

 

マリーがママと一緒にジュースとお菓子を持って工房に戻ってきた。

 

ママは、「ゆっくりしていってね」とニーナに言うと、

それ以上は構う事も無く家事に戻った。

 

ニーナは、先日マリーが言ってたライブコンサートの件について話し出した。

彼女がバンドのグループやライブハウスの仲間達に話してくれたらしく、

あの時のキングのボーカルに魅せられた皆が、もっと聴きたいと言ってる事、

ニーナのバンドも一緒にライブ演奏させて欲しいという事をマリーに伝えた。

 

それを聞いたマリーも大喜びで、二人は時がたつのも忘れるほど話に花を咲かせていた。

 

「ところで、キングはここには居ないの?」

 

「ここには居ないんだけど、良く遊びにくるのよ」

 

ニーナはキングの事が何故だか気になって仕方なかった。

それを察したようにマリーがキングの事を話し出した。

 

「キングって実は娘さんがいるんだよ」

 

「へぇ~」

 

「でもその子が幼い時に奥さんと離婚しちゃって

それ以来、娘さんとも会ってないんだって」

 

「いくつくらいの娘さんなの?」

 

「確か・・・

そうだ、ニーナと同じ今年17歳になる娘さんよ」

 

「へぇ~」

 

「キングはいつも言ってたわ、娘に何もしてやれなかったって。

今でもその娘さんと奥さんの写真を大事に胸ポケットにしまってるのよ」

 

そこへ焼きたてのクッキーを召し上がれとママがやって来た。

 

「その写真ってこれじゃないの?」

 

ママが引き出しから一枚の写真を取り出した。

どうやら、この前キングが来たとき、落としていってたようで、

その写真をママがマリーに手渡した。

 

「私にも見せて」

 

とニーナが写真を見た時、ニーナの顔色が変わった。

 

「どうしたのニーナ」

 

「ううん、なんでも・・・」

 

その時、Bison工房の電話が鳴った。

電話に出たママの話の内容でそれがキングからの電話である事は直ぐに解った。

 

「あなた、写真忘れちゃってるわよ」

 

「やっぱりそこにあったか・・・

後で取りにいくから」

 

そういってキングからの電話は切れた。

 

「後でキングが来るんだって」

 

ママがそう言うと、ニーナが慌てて

 

「私、それじゃそろそろ帰る

今日は、ごちそうになりました。」

 

と言って工房を飛び出していった。

ニーナの様子がおかしいのに気づいたマリーが直ぐに後を追った。

 

「待ってニーナ!」

 

マリーはニーナの手を掴んで

 

「まさか・・・」

 

言葉に詰まったマリーがニーナの顔を見た時、彼女の瞳からは涙が溢れていた。

 

「そうなのね」

 

ニーナは父親の顔を覚えていない。

だがその写真に写っている女性が自分の母親で、

そこに写っている少女が自分である事は直ぐに分かった。

 

「マリー、ごめんね。

なんだか・・・色んな感情が一気に込み上げて来て」

 

ニーナは流れる涙を手で拭いながら、空を見上げて言った。

マリーはハンカチを差しだして、

 

「すぐそこに公園があるの、一緒に行こう」

 

と、優しく声をかけた。

気が動転しているニーナは、言われるがままマリーと一緒に歩き出した。

 

公園のベンチに腰掛けたマリーは隣で呆然としているニーナに

何と話しかけてあげたら良いのかわからずに、じっとニーナの手を握りしめていた。

 

穏やかな日差しと爽やかにそよぐ風の音が二人の心をやわらげてくれた

ニーナがそっと口を開いた。

 

「私のお母さんはね、本当に苦労して私を育ててくれたの。

毎日、夜遅くまで、体がくたくたになるまで働いて

たった一人で私を育ててくれたの」

 

彼女はそんな母親の姿を見るたびに、離婚して去っていった父親を恨んだ。

父親さえ居てくれれば、母はこんなにも苦労を背負い込まなくて済んだのにと。

 

母はいつも仕事に出ていて、ニーナはいつも一人だった。

そんな中で音楽と出会い、音楽だけが彼女にとっての友達であった。

そして、バンドの仲間達と出会って、バンドの中で彼女は最高に楽しそうに歌っていた。

 

そんなニーナの気持ちを痛いほど理解出来るマリーが、

自分の事を通して色々と話し出した。

そのマリーの言葉には説得力があった。

自身が体験し現実にそれを克服してきた人の言葉程、人を納得せしめるものは無い。

 

「ねぇニーナ、ニーナのお父さんは、ニーナに音楽をプレゼントしてくれたのよ。

今の境遇がなかったら、こんな形で音楽と向き合っていなかったと思うよ」

 

マリーが言うとおりニーナの優れた感性は、

恵まれた境遇にある人達よりも遥かに深く強く鋭く音楽を捉えていた。

 

「それに、私に妹もプレゼントしてくれた」

 

マリーが笑顔で言うとニーナも嬉しそうに

 

「そうね、私にお姉さんまでプレゼントしてくれたんだ」

 

マリーからそう言われてニーナは少し心が落ち着いた。

最初はどう受け止めていいのか分からずに混乱さえ起こしていた心の動揺が、

今は、しっかりと整理でき嬉しくすら感じてきた。

 

「お父さんに会いたい」

 

ニーナがそういった。

 

「じゃあ、工房に戻ろう」

 

マリーがニーナの手を引いて駆け出した。

 

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※ このストーリーは個人の趣味レベルで創作を楽しんでおります。

ストーリーはフィクションであり

実在する国家・団体・企業・HP・個人等とは一切関係ありません。